ママの命日は、ちょっと贅沢をしていい日。
お墓参りの帰り。
私はいつもひとりランチを楽しんでいる。
今年は「かに道楽」へ。
生前一度も連れて行けなかった天国のママにご馳走するつもりで。
11回目の命日。墓じまいを思う春。

今年の桜は平年並みのタイミングで咲いた。
3月の終わりに見頃を迎え、命日の10日にすでに葉桜。
それもまたいいものだ。
1週間前の週間予報では雨。
「今年のお墓参りは傘持参か」
そうあきらめていた前日、予報は曇りときどき晴れに変わった。
ママが私の為に晴れ間を用意してくれたようでありがたい。
自宅から二駅先の霊園は平日にもかかわらず賑わっていた。
昨年新設された合同墓地の影響か来園者が増えた気がする。
墓の後継者問題に悩む人がそれだけ多いということだろう。
私自身も墓じまいを考える日がそう遠くないと感じている。
掃除を済ませて手を合わせる。
今年も無事に“ルーティン”を果たせたことにホッとする。
一度も連れていけなかったから。命日の銀座かに道楽。

就職して初めて給料が入った時、ママに夕食をご馳走することになった。
何が食べたいか聞くと
「例えば蟹とか?」
子供のようにケラケラ笑いながら答えたっけ。
ママは蟹が大好物だった。
当時の私にとって蟹は高級料理。
高卒の初任給ではさすがに厳しい。
それに淡泊な蟹の美味しさもよくわからなかった。
結局もっと気軽な店を選び、その後もママを蟹料理の店に連れていく機会は一度もなかった。
そんな小さな後悔も胸に抱きながら命日のランチに選んだのは「かに道楽銀座八丁目店」。
都内にいくつも店舗があるなかで、あえて銀座を選んだ。
ママとの思い出がある場所だから。
本店のある新宿よりも大人の為の遊び場というイメージの銀座を選んだもう一つの理由。
かに道楽銀座八丁目店へのアクセス
久しぶりの銀座。
せっかくだからと私は有楽町から歩くことにした。
有楽町駅から歩くと10分ほど。
三越と和光のある交差点を、博品館にむかってまっすぐ進めばいい。
午後になって急に気温が上がり、日差しは初夏のよう。
店に着く頃には、背中に汗がにじんでいた。
ちょうどそのとき中国人観光客の団体が店から出てきたところだった。
大きな蟹の看板の前で記念写真を撮っている。
団体がはけるのを待ち、私も一枚。
いざ入店。
老舗旅館のような店内

時間は13時。
1週間前に電話で予約をいれておいた。
平日の昼とは言え油断は禁物。
外国人観光客にも人気のかに道楽は、平日でも満席になることがある。
予約時間と名前を告げると着物姿の女性が席へ案内してくれた。
老舗旅館を思わせる、落ち着いた店内。
和風のインテリアが心地よい。
「やはり自分は日本人なのだ」
そんなことを思いながら店員さんの後ろについていく。
店内は焼きガニの香ばしい香り。
一気に期待が高まる。
座席の紹介

空間をたっぷり取った店内には、目的に応じて選べる座席が用意されている。
個室は2名から28名様まで利用でき、こちらもテーブル席と掘りごたつ席が選べる。
私が予約したのは半個室のソファー席。
半個室とは壁やドアがない代わりにパーテーションで仕切られた空間のこと。
適度なプライバシーと開放感があって、おひとり様には最高の居場所だ。
かに会席「天霧(あまぎ)」

今日はかに会席を注文すると決めていた。
いろんな料理を少しずつ食べられるのは言うまでもない。
次に何が出てくるのかわかっているのに、ワクワクして待つのも楽しいからだ。
会席料理は茶道の「懐石(かいせき)」とは異なりお酒を楽しむための料理。
おつまみから始まり、ご飯と汁物はコースの最後に登場するのが基本。
季節感・彩り・器の美しさを重視し、一品ずつ順番に運ばれてくるスタイルだ。
今回オーダーしたのは「天霧(あまぎ)」税込8,800円。
ひとりランチには贅沢だが、今日は特別な日。
生ビールも一緒に注文して待つ。
【一品目:かに前菜】

ビールと前菜が運ばれてきた。
見えないママと乾杯して、一口。
昼間に飲むお酒は、どうしてこんなに美味しいのだろう。
葉の形の皿にのって登場したのは、季節の前菜三種。
まず目を奪われたのは、殻付きのまま供されたかにのほぐし身。
身の甘さとほんのりとした酢の香りが口の中にふわりと広がる。
小さな宝石のようなイクラのぷちぷちとはじける食感も楽しい。
絵ハガキのように美しく盛り付けられ、これから続く料理への期待が膨らむ。
【二品目:かに刺身】

個人的には刺身が一番だった。
ひとくち口に入れた瞬間、想像以上の甘みに驚いた。
かには火を通してもおいしい。
けれどやっぱり刺身で食べると、素材の甘みがダイレクトにくる。
ねっとりした身は甘エビとも違う、もっと濃い旨味。
これは日本酒とも合いそうだ。
【三品目:かに茶碗蒸し】

三品目はかに茶碗蒸し。
ふたを開けた瞬間、湯気と一緒にかにの香りが立ちのぼる。
これはもう間違いないと確信する。
ほっこり優しい味はひと口ごとにしみる、しみる。
会席のいいところはこういう小さなごちそうが次々とやってくるところ。
心がふんわりほどけた一品。
【四品目:かにグラタン】

今回一番楽しみにしていた、かにグラタンの登場。
主天霧(あまぎ)にしたのも、もう一つのお目当てである焼かにと両方食べられたから。
口に運んでみると予想以上にあっさり味。
濃厚なグラタンというよりは、ホワイトソースをかけたシンプルな焼き物のような味わい。
チーズも控えめなので、がっつりを期待していると物足りないかもしれない。
旨味は感じられるものの、蟹がもう少し入っていたらなと少し残念。
【五品目:焼かに】

焼きかには単品で注文すると自分で焼くこともできる。
今回オーダーした会席では焼かれた状態で提供された。
人生で初めての焼きがに体験だ。
どこから食べようか迷って、まず足から手をつけるがホジホジがうまく使いこなせない。
きれいに身をはがせなくて必死に格闘する。
やっとの思いで取り出した、ほんのり温かい蟹の身。
美味しいけれど、苦労の割りには少々期待外れ。
火が通りすぎているのが原因かもしれない。
最終的には直接かぶりついた。
行儀が悪いが残すのはもったいない。
半個室を選んでよかった。
蟹料理は是非1人で堪能することをお勧めする。
【六品目:かに天ぷら】

焼きかにとの闘いを終えたところへ運ばれてきたのは、かにの天ぷら。
サクサク、サクサク。
衣の音が心地いい。
中の身はふんわり柔らかく、噛むたびにかにの甘さがじんわり広がる。
シンプルに美味しい。
添えられた海苔の天ぷらも名脇役。
香ばしさと磯のかおりが、良い箸休めになる。
「揚げたての天ぷらは、それだけご馳走」
一瞬で食べ終わってしまって、名残惜しい。
でもそれもまた“天ぷらの美学”。
【七品目:かに寿司と吸物】

締めはかにのバッテラ、巻き寿司、そしてお吸い物。
お腹はだいぶ満たされてきたけれど、まだ食べられる。
沢山食べても罪悪感を感じないのが蟹の魅力。
バッテラはほんのり酢が効いていて、口の中がさっぱりする。
ぎゅっと詰まっていても、ひとつなら無理なく食べられる絶妙なサイズ感が嬉しい。
巻き寿司には、マヨネーズで和えた蟹が入っている。
まろやかで少しジャンクな味は、子供だけでなく大人だって嫌いじゃないはず。
お吸い物は澄んだ見た目なのに、口に含むとしっかり蟹の出汁が広がる。
体の芯まで染み渡るような旨味だ。
お寿司は持ち帰りもできると聞いて、そのつもりでいたけどペロリとたいらげていた。
【八品目:デザートと珈琲】

最後に選べるデザート。
アイスも魅力的だったけど、普段あまり果物を食べない私が選んだのは季節のフルーツ。
グラタンや天ぷらのあとの口がリセットされて、この選択は正解だったと思う。
ランチ限定の珈琲は少しほろ苦い。
紅茶より珈琲派のママが飲むのはブラックだった。
砂糖とミルクを入れる私に
「それなら珈琲牛乳を飲めば良いのに」
と言いながらも甘めのカフェオレを作ってくれた。
私が珈琲をブラックで飲めるようになったと知ったら何と言うだろう。
“ごちそうさま”と心の中でつぶやきながら、ママの顔を思い浮かべた。
最後に
今年も静かに命日を迎え、ひとりランチを堪能した。
ママを思い出しながら、一口一口を味わう時間は何よりの供養になると思っている。
年齢を重ね、少しずつ味覚も変わってきた。
かつては高級と感じ、美味しさがわからなかった蟹の醍醐味もわかるようになった。
ママが好きだったものを、こうして楽しむことができるのは素直に嬉しい。
次回かに道楽を訪れた時には、看板料理のかにすきを食べてみようと思っている。
あの金色の出汁に浸かった蟹を、ママと一緒に堪能しよう。
この先も私なりの形で感謝を伝えていきたい。
これからもずっと。
一緒に美味しいものを食べながら。
「かに道楽銀座四丁目店」は会員登録不要のRetty(レッティ)で予約できます。